相続時精算課税の落とし穴

 相続時精算課税制度は、2,500万円までの財産を非課税で贈与できる制度として一般の方にもよく知られている制度ですが、当初の想定と異なり制度の利用ができなかったとか、制度を利用した結果、納税額が増えてしまったというケースがあり得ます。
 当記事では、相続時精算課税制度を利用する際に気を付けるべき落とし穴について解説します。

1. 対象者が限定されていること

 これは初歩的な要件ですが、財産をあげる人(贈与者)ともらう人(受贈者)にそれぞれ要件が定められており、対象者が限られています。

 <贈与者の要件>
 ・贈与年の1月1日において60歳以上であること
 ・受贈者の父母または祖父母であること
 <受贈者の要件>
 ・贈与年の1月1日において20歳以上*であること
 ・贈与者の直系卑属である推定相続人またはであること
 * 令和4年4月1日以後の贈与については18歳以上となります。

 一部の例外はあるものの、原則として上記の要件を満たさない場合には、通常の贈与(暦年贈与)となります。暦年贈与の非課税枠は110万円で精算課税に比べて枠が小さいので、思わぬ高額課税をされてしまうことになります。特に年齢の要件については、贈与年の1月1日時点で判定します。贈与日時点の年齢では判定しませんので注意が必要です。

 では、本来対象者とならないのに、対象者になると思い込んで贈与をしてしまった場合はどうなるのでしょうか。この場合、贈与契約の取消し・解除があったとしても原則として贈与税が課税されることになります。なお、一定の条件を満たした場合には税務上も錯誤による無効が成立しますので、これに該当するか否かを検討していくことになります。

2. 期限内申告書及び届出書の提出が必須であること

 これも基本的な要件ですが、相続時精算課税の適用を開始するには、以下のいずれの要件も満たす必要があります。

 ・贈与税の申告書を申告期限内*に提出すること
 ・相続時精算課税選択届出書を申告期限内*に提出すること
 * 原則として、贈与年の翌年2月1日~3月15日の期間をいいます。

 従って、期限後申告や修正申告において相続時精算課税の適用を受けることはできません(暦年課税となります)

3. 相続時精算課税を一度選択すると暦年課税には戻れないこと

 相続時精算課税選択届出書は撤回できないこととされています。つまり、相続時精算課税を選択した年以後に行われた特定贈与者*からの贈与は全て相続時精算課税で課税され、暦年課税に戻ることはできません

 * 相続時精算課税を選択した贈与者のことをいいます。相続時精算課税は贈与者ごとに選択するため、相続時精算課税を選択していない者からの贈与については、暦年課税が適用されます(例えば、父からの贈与について相続時精算課税を適用していても、母からの贈与については相続時精算課税選択届出書を提出していない限り暦年課税となります)。

 上記2において期限内申告が要件との記載がありますが、仮に相続時精算課税を開始した年分後について、贈与税の申告が期限内に間に合わなかった場合にはどうなるのでしょうか。この場合においても、暦年課税に戻るのではなく、あくまで課税は相続時精算課税で行われます。ただし、2500万円の特別控除が使えないこととなります。なお、使用できなかった2500万円の特別控除枠は、翌年以降の贈与で利用することができます

4. 相続時精算課税の適用を受けた贈与財産は相続税の課税価格に加算されること

 相続時精算課税制度はその名の通り、贈与時に一旦20%で課税した上で、贈与者が亡くなったときの相続税により最終的に精算する制度です。当然ですが、相続時精算課税の適用を受けた贈与財産は(贈与時の価額で)相続財産に加算されます。仮に2500万円の特別控除により贈与税は無税であったとしても、(相続時精算課税の適用を受けた贈与財産を加算した)相続税の課税価格が相続税の基礎控除額を超えていれば、相続税の納税は発生します
 
 また、現状では相続財産が基礎控除以下で相続税が発生しない見込みであったとしても、実際に相続が発生したときには税制改正により基礎控除が縮減等されているかもしれません。その意味では最終的な課税が読みづらい制度になっています。
 
 一方、暦年贈与の場合には、相続開始前3年以内贈与の加算の対象となる場合を除いて、相続財産から切り離されて相続税は課されないことになります。贈与から3年が経過すれば贈与税のみで課税が完結することから、生前贈与による節税効果等を計りやすい制度であると言えます。

5. 相続税の課税価格には贈与時の価額で加算されること

 4でも書きましたが、相続時精算課税の適用を受けた贈与財産は、贈与時の価額で相続税の課税価格に加算されます。従って、贈与時と相続時における価額の変動により損得が生じることになります。

 贈与時の価額<相続時の価額・・・財産の価額が値上がりしているにも関わらず、値上がり益に対しては課税されないため得
 贈与時の価額>相続時の価額・・・財産の価額が値下がりしているにも関わらず、贈与時の価額で課税されるため損

 つまり、時の経過により値上がりする財産を贈与すると、結果として税務上有利になります。
 もっとも、賃貸不動産等の収益性資産については、仮に贈与時から相続時にかけて資産の価値が値下がりしていたとしても、賃貸収入等の収益性資産の果実を受贈者が享受することにより、贈与者(被相続人)の財産の増加を抑えることができることから、単純に税務上不利になったとは言い切れません。

6. 小規模宅地等の特例が使えないこと

 相続税には小規模宅地等の特例という制度があります。この制度は、被相続人等の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等で、建物又は構築物の敷地の用に供されていたもののうち一定のものについて、以下の割合の評価減がとれる制度です。

 <減額される割合及び限度面積>
 ・特定居住用宅地等:面積330㎡まで80%減額
 ・特定事業用宅地等/特定同族会社事業用宅地等:面積400㎡まで80%減額
 ・貸付事業用宅地等:面積200㎡まで50%減額


 小規模宅地等の特例は、上記の通り適用面積に限度があるものの、特に都市部においては評価が高くなりがちな土地の評価額について半減又は8割減額することができるため、非常に強力な税額の軽減効果があります。
 しかしながら、この小規模宅地等の特例は、相続または遺贈により取得した財産に対して適用が認められており、贈与により取得した財産については適用されません。従って、相続時精算課税の適用を受けた土地については、相続税の課税価格に加算される一方で、小規模宅地等の特例は適用できないこととなります。

7. ローンもセットで贈与すると時価課税されること

 ローンの返済義務などの負担を付けて財産を贈与することを負担付贈与と言います。この負担付贈与で財産を取得した場合の贈与税の課税価格は、通常の取引価額(つまり時価)-負担の金額とされています。
 例えば、相続税評価額1億2500万円(時価1億5000万円)の物件を1億円のローンを付けて贈与したとします。この場合、贈与税の課税価格は1億2500万円-1億円=2500万円とはならず、1億5000万円-1億円=5000万円となります。相続時精算課税の適用した場合、相続税評価額であれば特別控除の2500万円以内に収まったものが、時価で評価されることで税額が発生することになります。

8. 不動産取得税は課税されること

 不動産(土地・家屋)を取得したときに課される税金が不動産取得税です。不動産取得税は、原則として取得原因は問わず課されます。課税される例として売買の他、交換、贈与(死因贈与含む)、新築、増改築などが挙げられます。一方で特殊な場合には非課税となり、代表例として相続(包括遺贈及び相続人への遺贈を含む)が挙げられます。
 
 不動産取得税の課税標準及び税率は以下の通り*です。
 ・土地(宅地及び宅地比準土地):固定資産税評価額x1/2x3%
 ・土地(宅地及び宅地比準土地以外):固定資産税評価額x3%
 ・家屋(住宅用):固定資産税評価額x3%
 ・家屋(住宅用以外):固定資産税評価額x4%

 * 一定の条件を満たした場合には税額の軽減措置がありますが、ここでは省略しています。
 
 つまり、仮に相続税評価額2500万円の宅地を贈与し、相続時精算課税を適用した場合には、贈与税は非課税ですが、不動産取得税は約33万円*課税されます
 * 固定資産税評価額を相続税評価額の8分の7と仮定。2500万円x7/8x1/2x3%=32.8万円
 相続を原因として取得した場合には不動産取得税は非課税ですので、この点は明確に異なります。

9. 登録免許税は課税されること

 登記をしたときに課されるのが登録免許税です。登録免許税は、登記の種類ごとに課税標準と税率が決まっており、代表的なものに不動産登記があります。

 <土地の所有権の移転登記>
 ・売買:固定資産税評価額x1.5%
 ・交換・贈与・相続人以外に対する遺贈:固定資産税評価額x2%
 ・相続:固定資産税評価額x0.4%

 <建物の所有権の移転登記*>
 ・売買・交換・贈与・相続人以外に対する遺贈:固定資産税評価額x2%
 ・相続:固定資産税評価額x0.4%

 * 一定の住宅用家屋を取得した場合には税率の特例がありますが、ここでは省略しています。

 つまり、仮に相続税評価額2500万円の宅地を贈与し、相続時精算課税を適用した場合には、贈与税は非課税ですが、登録免許税は約44万円*課税されます
 * 固定資産税評価額を相続税評価額の8分の7と仮定。2500万円x7/8x2%=43.75万円
 相続を原因とする所有権の移転登記の税率は0.4%ですので、この点は明確に異なります。

おわりに

 以上のように、相続時精算課税の選択にあたっては、様々な注意すべき点があります。
 特に不動産を贈与する場合には、小規模宅地等の特例が使えなくなることと、不動産取得税・登録免許税は必ず発生することは押さえるべきポイントかと思います。
 
 相続時精算課税を利用して節税が出来たと思っていたら実際は税額が増えていたということにならないよう、利用に当たっては慎重な検討と税額のシミュレーションが必要となります。

 また、特定の親族に限って贈与を行うと、他の親族との関係が悪化することや後々の相続の場面でトラブルとなる可能性がありますので、全体のバランスを考えた税金以外の視点でのケアも必要となります。

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